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    kenobiのお隣さん:からだを作る食の根幹にふれる未来を作る食の消費と働き方【インタビュー/西田智祐さん】 #散歩とコーヒー

    kenobiのお隣さん:からだを作る食の根幹にふれる未来を作る食の消費と働き方【インタビュー/西田智祐さん】 #散歩とコーヒー

    「家族の健康」を原点に事業を育ててきた、ハニーマザー代表・西田智祐さん。食が体をつくるという実感から、生態系を守る有機農業や生産者との関係、無理をしない働き方まで、未来につながる食と経営のあり方を伺いました。

    「家族の健康」が起点になった2つの事業

    ーハニーマザー全体の事業について聞かせてください。

     もともとハニーマザーは、私の父と母が始めた会社です。父が商社マンとしてニュージーランドに赴任していた時、胃潰瘍を患っていました。母が心配して現地を訪ねると、父の胃潰瘍が治っていたんです。話を聞くと、現地の人が「胃腸にいいよ」と昔から食べているマヌカハニーを、毎朝コーヒーに混ぜて飲んでいたら薬が要らなくなったそうで、それが今から27年ほど前のことです。当時は今と違ってマヌカハニーの知名度は全くなく。蜂蜜も安価な中国産が主流でした。高価で認知度もないマヌカハニーは全く売れない時代だったのですが、薬に頼るのがあまり好きではなかった母にとって、夫の不調が食べ物で改善したことは大きな出来事でした。そこで「日本にないなら輸入してみよう」と、父の援助も受けながら母が創業したのがハニーマザーの始まりです。

     私がこの事業に参加したのは、会社ができて10年ほど経った2018年頃です。もともとバーテンダーとして沖縄や東京で働いていて、将来的には神戸で自分のお店を持ちたいと考えていました。神戸に戻ってきたのですが、すぐにお店を立ち上げる状況ではなかったため、母が一人で切り盛りしていたハニーマザーでアルバイトを始めたんです。その時に「せっかくだから」とニュージーランドへ3ヶ月ほど行かせてもらいました。そこで語学など学んでいる最中に母が病気になってしまい、「病気に専念したいから、あとはよろしく」と、本当に予想もしていなかった形で会社を継ぐことになりました。

    ー引き継がれてからしばらくは、マヌカハニーの輸入販売事業を?

     そうですね。当時は母と私の二人だけの会社で、ゆったりした働き方をしていました。当時、会社にあった1台のパソコンでインターネットの世界に触れ、ちょうど出始めた楽天などに出店するようになります。マヌカハニーのようなニッチな商品はインターネット販売と親和性が高く、そこから少しずつ売れるようになって行きました。おかげさまで今ではアルバイトを含めて40名ほどのスタッフがいます。

     そして2023年に「田田田堂」という新しいブランドが生まれました。きっかけは、私の娘の食物アレルギーです。今は高校生になる長女が、生まれてすぐ小麦、卵、乳製品のアレルギーを持っていることが分かったんです。それを機に妻が食事について熱心に勉強するようになり、「同じような悩みを持つ人に向けて何か商品を届けられないか」と考えたのが始まりです。最初は、はちみつ屋としてグルテンフリーで蜂蜜たっぷり使ったナッツのお菓子など作っていましたが、そのうち米粉を使った商品も作りたくなってきて、そうなると「ニュージーランドの蜂蜜専門店が米粉を扱い始めた」というのは少しちぐはぐな印象になると思って、いろんな方の力を借りて「田田田堂」というブランドを新たに立ち上げました。

    食材へのこだわりと、地域の生態系を守る有機農家との連携

    ー奥様がスイーツを作られたのが事業の種になったのですね。

     そうなんです。娘は小麦粉を使ったクッキーなど、小さな子どもが好むお菓子のほとんどが食べられませんでした。娘が幼稚園の頃、当時ようやくで始めた市販の米粉クッキーを友達にあげたことがあったんです。でも、当時のクッキーはすごく硬くて、「まずい」と言って返されてしまったことが何度もありました。妻にとってそれがとてもショックだったようです。その経験が、今でも田田田堂のコンセプトの一つである「アレルギーがある人もない人も、みんなが同じテーブルを囲んで同じように美味しく食べられるお菓子」という想いにつながっています。

    ー味わいの質はどのように作られているのでしょうか。

     例えば、科学的な添加物は基本使用せず、同じような役割をしてくれる食品を組み合わせて代用しています。米粉だけでは再現できない食感や風味は、アーモンドやココナッツ、カカオなど植物性でも風味やこくのある食材を使って補っています。
     もともと妻は、専門的にお菓子の勉強をしていたわけではなく、全くの素人からのスタートでした。ヴィーガン料理の先生やマクロビオティックの先生に習いに行ったりと、すべて独学です。今では社内にパティシエ経験者のスタッフも何人かいるので、プロの技術と、妻が持つグルテンフリーの配合などの知識をミックスさせて、現在の商品が生まれています。どちらのブランドも、偶然にも「家族の健康」が原点になっています。ハニーマザーは母が夫である父のために、田田田堂は私たちが娘のために始めました。だからこそ、使う原材料には特にこだわり、「食べ物は血となり肉となる」という事を意識してすべての商品を作っています。

    --お米の選び方にもこだわりが?

     はい。私たちは主に、日本酒の原料となる「酒米」を使っています。酒米は炊いて食べると少しパサパサしていますが、米粉にするとすごく膨らみが良くなるんです。ちょうどコロナ禍で飲食店が休業し、お酒の消費が落ち込んだ時期に、ある生産者さんと出会いました。その方は有機栽培で非常に希少な酒米を作っていたのですが、お酒が造られないことで酒米が売れず、価値が下がってしまっていました。特にお米をふるいにかけた時に下に落ちる「中米(ちゅうまい)」という小粒の米は、お酒には使われないため、JAに持ち込んでも二束三文で買い取られるだけでした。そこで、私たちがその中米を市場価格の数倍ほどの価格で買い取らせてもらうことにしました。私たちも、その価値で有機の飲米は買えないほどの価格でしたし、お互いとって良いよねと、農家さんを巻き込ませてもらっています。

    --お米農家さんとは複数とやり取りされているのですか。

     そうですね。現在は兵庫県で3軒、山口県でも3軒の農家さんとお付き合いがあります。酒米農家さん自体が限定的なのですが、その中でも有機栽培を手がけている方は、兵庫県全体でも極めて少数と聞いています。私たちは周囲からの紹介や所属している有機JAS団体の広報を通して、ご縁を繋いできました。私たちが扱う「中米」は、地域によってはかなり安価でしか取引されないこともあるので、私たちが適正な価格で買い取ることで、有機の酒米農家さんにとってもメリットが生まれるんです。

    --未来をつくるための、ブランドのこだわりについて聞かせてください。

     一番の根幹にあるのは、やはり有機の食材をベースにしている点です。日本では「無農薬」というと、自分が農薬を摂取しなくて済むという健康面での価値で手に取られることが多いかと思います。しかし、実は有機栽培の根幹はそこではなく、土壌や地域を汚染しないという点にあります。有機生産者さんが行っている農法は、地域の生態系を守ることに大きく貢献しているんです。私たち事業者が有機の食材を選ぶことで、間接的に土壌を生かす活動に参加できる。そういった想いから、素材選びには特にこだわっています。
     また、実はつい最近始めたばかりなのですが、今年から私自身が週に1回、農家さんのところへ通って有機の稲作を学び始めました。できれば自分の田んぼを持って、そこで有機のお米を作り、それを米粉にして自社商品に使っていきたいと考えています。経営は突き詰めれば数字になりますが、それだけではない、もっと内側にあるものが大切なのではないかと、会社を経営する中で年々強く思うようになってきました。今は兵庫県の多可町という北須磨地区で、新規就農された女性の方を師匠として、お米作りを学ばせていただいています。

    無理をしない働き方と、人を大切にする経営

    --今後どのようなことに取り組んでいきたいですか。

     商品に対しては、「家族の健康から始まった会社」という原点を忘れずに、どんな方が食べても体に害がなく、かつ質の高いものを広めていきたいというのは変わりません。事業全体としては、正直なところ「もういいかな」と感じている部分が結構あります(笑)。事業の急成長というよりは、農業を通して考えを深めるような活動に力を入れたいです。一時期は、会社を大きくしなきゃと強く思っていたこともありましたが、最近は、それが本当に意味のあることなのだろうかと考えるようになりました。大きくなりすぎると捨てなければいけないものもたくさん出てくるので、その選択はしたくない。結局、そういう急激な成長は従業員も望んでいないような気がするんです。
     会社という立場上、難しいところではあるのですが、今の時代に合わせて「あまり無理しない」ということかなと思います。例えばうちの会社で米粉の需要をどんどん上げようと思うと、有機栽培だけでは絶対に追いつきません。たくさん作ってたくさん売って行かなければならないとなると、やはり色々な歪みが出てくるのかなと最近すごく思います。それは人間も同じなのかなと、40代を超えてなんとなくそういう感覚になってきました。最終的にその考えが「ちゃんと人を大切にする」ということに繋がっていくのかなと思っています。もともと「働きまくる」という世代で育ってきたので、なかなか新しい考え方を受け入れられない時もありましたが、本当にいろいろなことがありすぎて、半分病んでしまった時もあり、コロナ禍を経て考え方が変わりました。

    --西田さんから見て、ハニーマザー社はどんな会社でしょうか。

     みんな仕事が丁寧ですね。お客さま目線で、温かくて、誠実。それが自然と企業文化のようになっている気がします。結局、会社は人が作るものだと思います。代表のカラーももちろんですが、現場で働いてくれている人たちが最終的に会社を作っていく。自分は2代目ですし、性格的にも絶対に起業するタイプではないんですよ。でも、やらなければいけなかったから真面目にコツコツやっていたら、結果としてたくさんの人が参加してくれる会社になっていました。それが良かったのかもしれないですね。自分で言うのもなんですが、本当に良い会社だと思います。

    【西田智祐】

    株式会社ハニーマザー代表取締役。1980年生まれ。東京のデザインホテルのバーで、バーテンダーとして就業後、独立を目指し神戸へ帰郷するも、創業者である母親の病をきっかけにハニーマザーに入社。その後ニュージーランドで語学・文化・蜂蜜について学ぶ。人と接することが好きで、お酒を交えての談笑は至福の時間(大人数は苦手)休日は家族と過ごしたいが、ティーンの娘に疎まれることもしばしば。

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