こころと身体と向き合い心の余白を感じられるひとときは、私たちの人生においてとても豊かな瞬間です。
今回、Suuがお話を伺ったのは、自然豊かな京都大原野にギャラリー兼工房を構える、陶芸家の仲上雅子さん。小さい頃から土いじりが好きだった仲上さんが陶芸に出会い、作家として、母として、1人の女性として、どのような道を歩んでこられたのでしょうか。
京都大原野の自然豊かな場所で作る、日々の生活を豊かにしてくれる作品たち
京都の西の外れ、大原野にある仲上雅子さんの工房兼ギャラリー『NEST』。ご自身の手でリノベーションされた古民家は、雨上がりのしっとりとした雰囲気が似合います。
そこに並べられているのは、緻密なデザインが施された繊細な花瓶や一輪挿し、茶器。そして、河原に積み上げられた石のような、素朴で特徴的な作品たち。
「あるときふと石っぽいものを作ろうと思って。土を取ってきて実際に焼いてみたら、自分が思ったような仕上がりにならなかったんです。それをそのまま終わらせたくなくて、どうにかして活かすことができないかなと思って試行錯誤を重ねていたら、より石っぽい質感のものになっていって。河原の石を積み上げるようにスタッキングしていって、ちょうどいい位置やバランスを見つけるときの集中感、素の自分に戻る感じやニュートラルな自分でいられる感覚を、手にとっていただいた方にも感じてもらえたら嬉しいなと思って制作をしています」
テーブルの上に無造作に重ねられた石のひとつを持ち上げると、中にはお塩が。ただのオブジェではなく、薬味入れとしての機能を兼ね備えている器でした。こうした多面的な表情を持つのが、仲上さんの作品の特徴でもあります。
「この蓋も、もともと蓋として作ったわけではなくたまたまピタリと合っただけで。器としても使えるし、ひっくり返して飾ればオブジェにもなる。こうして、テーブルの上に置いておいてときどき積み上げたりして遊んでもらってもいい。自由なんです。暮らしのなかで常にそばにあって、“なんだか、気持ちが落ち着くな”って思ってもらえたら」
以前は、小さな花瓶や茶器、インテリアとして使える照明などの作品を作っていた仲上さんですが、茶道を始めたり中国茶に興味を持ったりと、自分と向き合う時間を大切にされるなかで、より自分らしく、日々の生活を豊かにしてくれる作品を作っていくようになったといいます。
仲上さんの作品は海外にもファンが多く、特にイギリスを中心にヨーロッパの各国から注文が。最近では日本を訪れる外国の方がSNSを見たり京都市内の店舗に置いてある作品を見て、工房まで訪れる方も増えているのだとか。
土いじりが大好きだった幼少期。母にすすめられた陶芸教室で陶芸と出会う
仲上さんが陶芸と出会ったのは小学生の頃。母親にすすめられて、近所の陶芸教室に通い始めたことがきっかけだったそうです。
「小さい頃から土いじりばかりしている子どもでした。一方、勉強はすごく嫌いで。そんな私を見ていた母は、“この子に勉強しなさいって言ったらグレてしまうかもしれない”と思ったらしくて(笑)。それなら好きなことさせてみようと、近所で陶芸をしているおじいさんのところに通うようにすすめてくれました。大人になってすっかり忘れていたのですが、小学校の卒業文集の将来の夢を書く欄にも“陶芸家になる“って書いてありましたね」
中学校に進み、夏休みの宿題に自作の器を提出した仲上さん。進路相談の際に担任の先生から「陶芸が好きなら、京都に美術工芸の専門学校があるから行ってみたらどうか」とすすめられ、京都市立銅駝美術工芸高等学校の陶芸科へ進学。本格的に陶芸を学びます。
一旦は短大に進学するものの、高校ですでに陶芸の知識や技術を本格的に学んでいたこともあって中途退学し、自宅に窯を構えて陶芸家としての道を歩みはじめます。
20代前半でイギリスに渡り、現地の学校に通いながらロンドンにて自身の陶器ブランド『miyabi ceramics』を立ち上げ、現地のアーティスト集団に所属して制作を行うなど精力的に活動し、20代後半で帰国。日本で制作活動を再開されます。イギリス在住のころは日本に帰るつもりはなかったそうですが、帰国の理由を聞いてみると「学生ビザが切れたから仕方なく」という答えが返ってきました。
その後、結婚、そして出産。家庭と子育てを優先しながらゆっくり作家活動を進めていく予定でしたが、産後わずか2ヶ月で離婚。しかし、これが転機となり、陶芸教室とギャラリーを始めることに。
「陶芸は、一つの作品をつくるのに時間もプロセスもとても長いんです。個展となると制作時間はもっと長くなるし、気持ちが全面的に制作活動の方に持って行かれてしまうので、本格的に活動するのは子育てが落ち着いてからと思ってしていました。でも子どもを養っていかなければいけなくなったので、収入の目処がついて、なおかつ陶芸も続けていけるような形をと考えました。これが今につながっています」
アーティストの多くは、自らのアーティスト活動にライフスタイルを合わせていくイメージもありますが、仲上さんの場合は、陶芸家として、母として、1人の女性としてのライフスタイルに合わせてご自身の活動を変えてこられました。「もっとゆったりと作家活動とかしたかったですけど、しょうがないですよね」と優しく笑う仲上さん。ご自身の人生の転機は「高校、帰国、離婚の3回」だそう。
「人生のなかで、特に女性は結婚、出産、子育て、更年期と、いろんな変化がありますよね。身体の変化とともに、気持ちもどんどん変化する。子どもが小さいころは、毎朝保育園に送っていって、帰ってきて仕事をして、気がつけば夕方になってて。急いでお迎えに行って、そのあとも家事や子どもの世話が続く、といったなかで、制作活動に専念なんてとてもできなかったですね。だから当時はお教室がメインで制作活動はほんの少し。制作にがっつり取り掛かれるようになったのは、子どもがある程度大きくなって、自分の気持ちにも余裕が持てるようになってからでしたね」
失敗は、自分自身が作った概念。外していくことで新しいものが見えてくる
「陶芸は自分の中の気づきをくれるものであり、人生観に気づかせてもらえるツール。私の場合、陶芸を通して人生を学ばせてもらっていると感じます。例えば、石のシリーズは失敗から生まれました。失敗を失敗と決めているのは、自分の中にある固定観念。少し見方を変えることで新しいものが生まれるんです」
陶芸は、美しい作品を生み出すぶん、ロスも多いものだそうです。商品として販売する以上、必ず除外される、商品にならないものがあります。でも、ヒビが入ったものや欠けたもの、焼いたときに倒れてくっついてしまった器は作ろうと思って作れるものではありません。
それをダメとするのか個性とするのか。仲上さんは、あえて決めないようにしているといいます。
花瓶や茶器、カップのようにより実用的なものと、オブジェとしても器としても使い道が自由なもの、対照的な雰囲気の作品たち。日々の制作において、気持ちや考えを切り替えるためのスイッチのようなものはあるのでしょうか。
「今日はこの作品、今週はこればっかり、といったように作るときをきっちり分けています。そういった意味では、お食事付きの陶芸教室は、頭を切り替えるためのいいトレーニングになったかもしれません。制作をするとき、料理を作るとき、お客様を迎えるとき、プライベートな時間を過ごすときと、上手に切り替えがきるようになったと思います」
なかでも、仲上さんが個展の前に必ず行っていたのが、毎朝一杯のコーヒーを飲むこと。もともとあまりコーヒーを飲む習慣がなかった仲上さんですが、コーヒーショップを営む友人のコーヒーがとても気に入り、毎朝飲むことで制作活動へのスイッチを入れることができたそう。
「毎朝飲むことで気持ちを落ち着けられて、飲まないとスタートできないぐらい大切なもの。精神統一とまでは言わないですが、個展に向けて心身のベースを合わせるのとても良かったんです」
素材を大事にすること、自分の手の届く範囲のものを使うこと、循環させること
制作活動をする上で仲上さんは、素材を大事にすること、自分の手の届く範囲のものを作品に使い、循環させることを大切にしておられます。
「器に使用する釉薬(ゆうやく)は、自宅にある薪ストーブの灰や工房をリフォームしたときに出た土壁の一部を潰したもの、コーヒーを淹れたあとのかす、ご近所で藍染をされている方からいただいた使用後の蒅(すくも)などを土に混ぜて作品に活かしています。使い終わったあと、そこでおしまいにするのではなく、形を変えて活かして循環させていくもの作りを心がけています」
こうした思いは、仲上さんが開催されている、有機野菜やジビエなどの素材を活かして丁寧に作られた仲上さん手作りのお食事つきの陶芸教室でも垣間見ることができます。(現在は個展開催にむけて長期休業中)
仲上さんのご家族が作られた有機野菜や、お知り合いの猟師さんが獲ったジビエを使って作られるお料理は、素材の邪魔をしないような優しい味付けや、提供する順番やバランスまで考えられています。
お食事付きの教室を考案したのは、器作りだけではハードルが高いと感じられる方でも、お食事付きであれば通っていただきやすいのではないかと考えたから。
「お教室に来てくださった方が、“この器、私が作ったんだよ”と自慢したり、その器に料理を盛り付けてご家族やご友人をもてなしたりと、器を作って終わりではなく、作った器を通してコミュニケーションにつながっていって欲しいですね。作る楽しさに加えて、ご自分が作ったもので家族やお友達との幸せな時間・空間を作るというところまでを、作品を通して提案したいと思っています。でも、大したことはしていないんですよ。陶芸と同じで、好きなんでしょうね、お料理も」
独自の世界観を作品で表現する仲上さん。アーティスティックな一面もありながら、ご自身の人生と制作活動の両方を大切にしながら人生を歩んでこられました。最後に、仲上さんにとって陶芸はどのような位置付けにあるのかを伺いました。
「陶芸はもう私の一部になっちゃってますね。仕事じゃないときでも頭のどこかに器のことを考えている自分がいます。たくさん作ってたくさん売ることもできるけれど、生計を立てて行くのは大変なこと。商品としての相場感も考えながら創作も入れていかないといけなくてバランスが難しいから、人にお勧めする仕事ではないかな(笑)でも、本当に陶芸が好きなら、とてもいい仕事だなと思いますね」
【記事に登場する商品】
コーヒーバッグ エチオピア
旅の音のコーヒーの中で、最も浅く焙煎しているコーヒーの1つ。フローラルな香りと、口に入れた瞬間に弾けるベリーやピーチのような果実感が特徴です。ギュッと詰まった果実感とこなれたワインのような芳醇な香味をご家庭で。
「コーヒーの酸味はちょっと…」そう感じている人にぜひとも飲んでいただきたい商品です。
【取材協力】
nest
京都市西京区大原野南春日町792
09053615359
10:00 - 16:00(完全予約制)
水曜日定休
公式サイトhttps://www.masakonakagami.com/
online shop https://potterynest.thebase.in/
Instagramアカウント @masako.nakagami